中井昌暁が語る、アジアのニュースと核の話

中井昌暁は科学の進歩はメディアの変遷に多大な影響を与えていると思います。

今の時代のようなメールなど通信手段が発達していなかった時代は新聞やラジオが情報を得る方法の一番目にきていました。

国民などと言い方は大げさに聞こえますが、実際に戦争があった70年以上前は国民は新聞やラジオでしか情報を得ることはできませんでした。

これは、情報が正しいのかどうかを判断することができない状況ということになります。

歴史に「もし」はありませんが、仮に「もし、あの戦争が始まるときにテレビが普及していたなら開戦しなかった」可能性もあります。

なぜなら、映像が伴うテレビでは政府の思い通りの発表ばかりがまかり通ることがなかったと思えるからです。

このようにテレビと新聞などの違いは映像の有無です。文章だけで伝えるメディアですと嘘とまでは言いませんが、正確に伝えなくとも読者にはわかりません。

実際、映像は文章以上の印象を視聴者に伝えることができます。

写真家の沢田教一さんという方はベトナム戦争で裸で逃げてくる女の子の写真で数々の賞をもらいましたが、映像が伝える影響力をまざまざと見せつけました。

この例は写真ですが、テレビは動く映像ですのでその影響力は写真を上回るものがあります。

中井昌暁が思うに、そのテレビの影響力を訴えたいばかりに行き過ぎることがあるのもまた事実です。

いわゆる演出が入ってしまうことがあるのですが、こうした問題は映像を求めすぎるゆえの過ちです。

おそらくジャーナリストとしての欲望を抑えきれなくなったのでしょう。しかし、ねつ造が犯罪であることは紛れもない事実です。

少し話は逸れますが、それと同じような問題をはらんでいるのがドキュメントと言われる映像です。

ドキュメントにはテレビや映画などいろいろありますが、真実をそのまま伝えることが使命であるのは同じです。

それにも関わらず自分の気持ちを抑えきれず演出を加えたくなるようです。

人によっては多少の演出を認める人もいるようですが、事実と信じて映像を見る人からしますと演出の度合いはもっと議論されるべきものです。

テレビとは違いますが、最近のニュースで映像が社会に与えた影響を示すものの一つにアラブの春があります。

これなどもSNSというツールがなかったならなしえなかった変革と言えます。

しかし、この判断が難しいのはアラブの春のあとの状況が必ずしも幸福な社会につながっていないことです。

幸福な社会どころか混沌として社会が混乱している状況は本来求めていたものとは違う姿になっています。

ですが、この様子も映像で伝えることで次の改革につながる可能性があります。

平和は一筋縄ではいかないと肝に銘じることが大切です。

今ほど世界からアジアが注目されていることはありません。

韓国で平昌オリンピックが開催されることも一つですが、それよりも政治的な動向が世界から注目されています。

まずは韓国に目をやりますと、今の韓国政権は北朝鮮に対していわゆる太陽政策をとる政権です。

ですから、はた目からみますと北朝鮮に甘い印象がありますが、圧力だけでは南北関係が解決しないと考えているからです。

もちろん、韓国の国内でも異論を述べる政党がありますが、しばらくの間は太陽政策が継続されることを前提にして対処する必要があります。

中井昌暁が思うに日本において現政権が直接関係しているのはなんといっても慰安婦問題です。

前政権と「不可逆的解決」を約束したにも関わらずまた蒸し返すのは国際的にも問題のある行動です。

アジアでの問題の一番に上がるのはなんと言っても北朝鮮の核開発です。

もし本当の核開発に成功していたなら世界にとって脅威です。

もし、核を使うような戦争が起きるなら本当に地球は壊滅的被害を受けることになります。

核被害をうけた経験があるのは世界の中でも日本だけですので、その経験を是非とも世界の平和に貢献してほしいものです。